自分の言い分を通すために、「オリンピック・パラリンピック」を利用する人たち【仲正昌樹】
②「オリ・パラで気分が緩んだ人が出歩くことで感染が広がる」はほぼ言いがかりである。それほど致死率は高くなさそうだし、自分は若いので感染しても多分大丈夫だと思っている人は、オリ・パラがあろうとなかろうと、自粛の長期化や、自分が一生懸命やっていることが「不要不急」扱いされることに反発している。欧米のロックダウンのように、警察を動員して取締りをしているわけではないのだから、何かのきっかけがあれば、外に出て活動を再開したくなるのは当然だ――「自粛推進―オリ・パラ反対」の人たちは、遊び歩いている若者のことばかり言うが、仕事やサークル活動の関係で外出している人も多いはずである。
無観客のオリ・パラよりも、野球や相撲、多くの芸能人が出演するテレビのワイドショーなどの方が、強く刺激している可能性もある。ツイッターやヤフコメで、オリ・パラ問題に絡めて政府に強硬措置を取るよう要求している人が増えているせいで、余計に気がめいった人が外出している可能性もある。少なくとも、もともと、新型コロナを死の病として怖れていた人が、オリ・パラが開催されたので大丈夫だと思って出歩くようになった、というのはかなり可能性が低いだろう。
人間が行動パターンを変えるきっかけはいろいろあるし、どういう心理状態でそうしたのか特定することは困難だ。心理学者や臨床心理士が聴き取り調査しても、本当のところは分からないだろう。
なのに、コロナ分科会の尾身会長等がオリ・パラの開催で人流抑制が緩んだ可能性があるなどと発言し、それをマスコミが“専門家の発言”として伝えるのはおかしなことである。彼らは感染症の専門家かもしれないが、人間行動の専門家ではない。